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では予告通り前記事の続きでGW10連休5/2(木)福岡旅行記

外交施設跡のご紹介
です




福岡城跡を出 (画像左が城跡)

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画像右が野球場          


目の前の建物は後程にし、この立ち位置後ろ側へ行きます


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左の柵に

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これから行く建物の詳細です。

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ここは、鴻臚館跡展示館 (こうろかん) (16:23)

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中に入って行きますi

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入ったら即、目の前に

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福岡城があった場所は平安時代、「鴻臚館」という外交施設があったとされています。
鴻臚館は平安京、難波、筑紫の三ヵ所に設置されていました。
「古代アジアの玄関口」と称される鴻臚館の名前は、古代中国で外国との交渉を司る「鴻臚寺」
に由来し、「鴻」は大きい、「臚」は伝え告げるという意味があるそうです。
「鴻臚」という言葉は外交使節の来訪を告げる声を意味していました。
なかでも筑紫の鴻臚館は、飛鳥・奈良時代には筑紫館(つくしのむろつみ・つくしのたち)と
呼ばれ、688年(持統2年)には新羅国使全霜林を筑紫館でもてなしたという『日本書紀』の
記述や、736年(天平8年)に筑紫館で遣新羅使が詠んだとされる歌が『万葉集』に収められて
います。




見学順路は画像左から

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ぐる~~っと右回りで見学して行きます。

1995年(平成7年)には鴻臚館跡地に展示館が完成し、内部では遺構の出土状態と復元
建物、また出土遺物を見ることができます(入場無料)。
現在までに確認された遣構は、奈良時代以前(筑紫館)の塀と門、奈良時代(筑紫館)の塀と
掘立柱建物、平安時代の大型礎石建物、土壙、溝などです。中国越州窯青磁をはじめ長沙
窯磁器、荊窯白磁、イスラム陶器、西アジアガラス器など国際色豊かな遺物が発掘されてい
ます。



入館して目の前にあった看板

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ちょろっと復元建物の右側を

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復元建物左側

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では、順路の通路左壁を

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かつてここは福岡ダイエーホークスなどが本拠地とした平和台野球場があった場所
で、球場の改修工事中に遺跡が発見されたそうです。
(先程通った野球場です)

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この壁向かいに、ちょっと下りられるところ

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下にある右の看板

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下から建物を撮影

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下から左側を

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上に戻り

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奥から

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画像左壁部分

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ではここを出て、先程の建物へ (16:35)

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福岡城むかし探訪館

福岡城むかし探訪館は、古地図や再現模型を通して、さまざまな角度から福岡城を
身近に楽しく体感できる施設です。
観光案内や休憩施設も併設していますので、ゆっくり鑑賞を楽しんでいただけます。


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ふくおか官兵衛くん

「ふくおか官兵衛くん」は2014年(平成26年)の大河ドラマが『軍師官兵衛』に決定
したことにともなって、福岡ゆかりの人物である黒田官兵衛のPRとともに福岡の歴史
資源や文化資源を全国に情報発信し、観光客の誘致や経済の活性化を目的としたキャ
ンペーンで使用するキャラクターとして生まれました。




館内入って左側

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右壁

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大河は見てたんだけど・・・  忘れてる・・・ (16:35)






次回は残りの櫓のご紹介です




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皆様の応援で順位が随分と変わり、皆様と順位を上げてる事が
感じられて嬉しいです




  本日の記事は、また沢山になるので二つに分けました。


こんなに歩いても、お城が無いのは物足りない・・・


疲れて来てるので、遺跡の発掘場所には行けませんでした・・・



本日のデッカイドウ、21℃で   最低は11℃


昨夜の天気予報で、デッカイドウの帯広・東京・甲府・京都が(日)

同じ35℃だってなってて、帯広が一緒って驚いたけど、デッカ

イドウの中では十勝平野部分なのでわかるわ~~って思った。


だから良い十勝産が出来上がるのら。



明日明後日で最後の天皇陛下記念ダムカ~ド貰いに行ける日・・・



今週は、なんだか寝不足が続き本日はへとへとです・・・


明日お休みで良かった~~・・・





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では予告通り前記事の続きでGW10連休5/2(木)福岡旅行記

城跡のご紹介
です




今回は広い公園につき、お散歩した景色をいっぱい撮影したの

で、画像が多くなってます。




舞鶴公園(まいづる)にある別名 舞鶴城跡へ行きます

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真正面、博多駅 (14:50)   






舞鶴公園に着き (車内より=15:07)

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駐車場は、画像の奥左側へ (15:30)

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福岡城三の丸(三の丸スクエア)旧舞鶴中学校=2012年に移転して新しく
なった)https://y-ta.net/sannomaru-square/


画像左側

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画像右側へ歩いて行きまして、最初に出てきたのは (15:35)

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名島門(なじまもん)

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この名島門は近隣にあった名島城の脇門でした。
「関ケ原の戦い」ののちに黒田長政が筑前に入ると名島城を廃城として、あらたに福岡
城を築きましたが、名島城の建物や石垣を資材として流用しています。
その際に名島門は黒田二十四騎のひとりである林掃部に与えられ、邸宅の門として
使用されていたそうです。
明治時代以降、民間に払い下げされていましたが、戦後に現在の場所に移築されました。




現在地の看板で

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現在地から左上に向かいます。          ここは

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福岡城跡です。

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福岡は城跡ばかりが多く存在します・・・


道を渡って、二の丸の方へ行きます (15:38)

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画像右に、人がたむろってるところ

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では画像左の道を登って行きます

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画像左側に看板 (このブログは画像クリックしたら大きく見えますよ~)

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画像右側の石垣 (なかなか登って行けませんwww)

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石垣に歴史を感じて興奮し・・・画像左奥

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では目の前を歩いて行きます (15:41)

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画像真ん中奥、赤い服着てる付近に案内板

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石垣に沿って左側を歩いて行きます

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奥、開けて

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画像左側

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確か画像左

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開けたところ右へ曲がります

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左の石垣を撮り

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右にあった建物前に看板

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この道奥、また開けて

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画像左側

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開けた画像真ん中奥へ行きます

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門をくぐって右側に (15:46)

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画像左側

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ここは

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多聞櫓

福岡城の遺構は築城当時の位置に現存する多聞櫓だけです。
別名「武具櫓」とも「西平櫓」とも呼ばれる、この多聞櫓は1971年(昭和46年)12月28日
に国の重要文化財に指定されています。
この多聞櫓は石垣に沿って、多くの石落としを備えた防衛用の平櫓で、平時においては
武器庫として使用されていました。
また、有事の際には編んでいる竹がすべて弓の矢になり、それらを結んでいる干しワラ
ビは食料になるといった工夫もされていたそうです。
多聞櫓がある南丸(みなみまる)は二の丸南郭(にのまるみなみくるわ)とも呼ばれて
いる場所で、二の丸の南側に張り出す形になっています。
冠木門をくぐると南丸で、右手に多聞櫓が見えます。
この多聞櫓は切妻造の2重2階の隅櫓と、長さ三十間(54m)におよぶ平櫓で、1853年
(嘉永6年)から翌1854年(嘉永7年)にかけて大改修されました。
城内から見て、多聞櫓の右手にあるのが北隅櫓(南二の丸北隅櫓)です。
なお、この北隅櫓は、1972年(昭和47年)10月から1975年(昭和50年)年3月まで、2年半
の歳月をかけて解体と復元が行われた際に復元されたものです。
多聞櫓の内部は通常、突き抜けの状態とされていますが、福岡城の多聞櫓は16の
小部屋にわかれています。
また内部は見学できませんが、特別公開時には中に入れるそうです。
福岡城唯一の遺構です



中、見学出来ないしで、ちゃんと近寄っては撮影しなかった・・・


先程の門を出て


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確か、右側へ向かいました

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かなり右側からぐるっと、左回りをし

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もぉ~わかんなくなってきてるおぉ~~~  


裏のテニスコ~ト側迄来ちゃって


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画像右がテニスコート

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変なところ歩いちゃって、裏側から見た、画像左上

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開けて、ほんと左回りをしてます

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画像真ん中の看板

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ここは二の丸だったところみたい・・・

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あれ、正面入り口の方

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潮見櫓

潮見櫓はもともと三の丸の北西角(福岡城の西端角の土塁の内側)に建てられて
いたものです。
玄界灘や博多湾の監視をする役割をになっていたことから「潮見櫓」と名づけられました。
その櫓が大正、昭和と移築され、現在の位置には1956年(昭和31年)に移築復元された
のですが、1991年(平成3年)に行われた福岡市文化財保護審議委員会の委員、佐藤
正彦・九州産業大学教授(当時)による調査で、福岡城月見櫓を移したと伝えられてい
た崇福寺仏殿が潮見櫓を移したものだったことが発見されたため、現在この櫓の本来
の名称は不明となっています。
可能性としては、時櫓(太鼓櫓)だったということも考えられるそうです。



元に戻って行き

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階段上って

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確か、右側の階段上って開け

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左へ歩いて行きます

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あの上、登っていくおぉ~~

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階段部分 (16時)

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表御門櫓跡

二の丸の北側から本丸に入るための表御門があった場所です。
表御門は本瓦葺で切妻造の櫓門でした。現在は櫓台となった石垣のみが残っています。
ここにあった表御門は1918年(大正7年)に陸軍により払い下げられ、市内にある崇福寺
の境内に移築されているので、現在も見ることができます。



階段登りきると、開ける

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画像左に寄ると

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先程、下から観た物          画像右側

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あの櫓の傍に行きます

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祈念櫓

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本丸表御門跡の石段をのぼると、前方に祈念櫓が見えます。
本丸の東北隅にあるこの祈念櫓の名前は、鬼門封じの祈念をするために建立された
ことにちなんでいます。
1860年(万延元年)3月に起工し、同年10月に竣工したものですが、大正7年(1918)に
黒田家の菩提寺である崇福寺が陸軍省から払い下げをうけ、いったんは崇福寺の
末寺である大正寺(北九州市八幡東区東台良)の境内に移築されました。櫓の構造は
この際に大幅に改修されたそうです。
その後は大正寺の観音堂として使用されていましたが、1983年(昭和58年)に元の
位置に再移築され、翌年9月竣工しました。
建物は2階建てになっていて、棟を北西から東北に通し、鯱が上げられ、丸瓦には黒田
家の藤巴が刻まれています。1階には5畳半の茶室を付加しています。




ここからの右側の景色

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左側

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現代の高層と櫓のコラボ


画像右側へ歩いて行き

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皆さんが一番目的とする場所へ向かいます

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ぐんぐん歩いて行くと

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出てきます。  鉄御門跡と埋門跡 

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以前は階段すら無かった様で、整備されました。

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画像右側

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階段下にあった看板

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天守台跡へ行きます (16:05)

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鉄御門跡の石段をのぼり、さらに見学用に設置された階段をのぼり、埋門をこえる
橋を渡ると、天守台跡にたどり着きます。
天守台跡です。東西約25m、南北約22mの敷地内に約40個におよぶ天守の礎石が
残っています。
福岡城の天守はその存在が疑問視されてきましたが、近年になって見つかった史料に
よれば、この上に5重6階、高さおよそ23mほどの熊本城級の天守があったと推定されています。
階段で天守台石垣の上にあがることができます。



左に折れて

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画像左側

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画像左に向かいます

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あの階段手前右側

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階段上って展望台、右側

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目の前

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左側

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階段登って来た後ろ (画像左側)

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画像左側の石垣

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ここの看板

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ではお次の場所へ行きます (16:20)

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次回は敷地内にある外交施設跡のご紹介です




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  いや~~画像多過ぎて、一旦帰宅して作成したわ・・・


本日のデッカイドウは22℃だった。  なんだか暑かったなぁ~とは

思ったけど。


明日も21℃で



Zくんは昨夜から風邪引いちゃった・・・

移らない様に隔離状態です・・・


あっし、薬物異常に効きすぎて副作用出るので、風邪でさえ困るの・・・


あと明日で仕事終わりだ~~~~


早くお休みしたい・・・





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では予告通り前記事の続きでGW10連休5/2(木)福岡旅行記

観光のご紹介
です




ランチをした後に向かったのは

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車内から撮影した、ガイドブックに載っててうちの宗派、結婚して

も同じだった弘法大使こと空海さんの


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弘法大師が日本で最初に開山した密教寺院、東長寺の

福岡大仏
          画像左側

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丁度、電柱で見えなかった画像右側の入り口を、もう一度

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その右横から入って奥オレンジ色の塔下が駐車場なので、停め

て行きました


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画像左側が入り口方面

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先程の画像で見えてた右側の階段を登ります

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2階は

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ここからは撮影なので・・・


まず、2階辿り着いたら左に拝観料金の代わりに志としてお供え

するローソク1本とお線香3本分の50円を納めます。



そこにはお線香立てる所と、ロ~ソクを挿して灯しておく所があり

ます。



それを終えて奥に進むと・・・     いや~~~~デカイ

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このお土産に買ったカ~ドに映ってる木造座像の大仏がどか~~

~んと居ます。
(あっしにはお線香のススで黒くなってる様に見えた) 

仏像の高さは10.8m,重さ30t,光背の高さ16.1mもある「福岡大仏」は,昭和63
年より彫刻が始まり,4年の歳月を経て完成しました。
七仏や十三仏も彫られた後ろ壁面には,5300もの小仏が祀られています。


光背の高さは16.1mあり、七仏や十三仏も彫られ、後の壁面には細かい点のように見え
る小さな仏様が約5000体も祀られています。大きい大仏だけでなく、光背などの繊細な
細工も見どころの1つですから、なにとぞお見逃しのないように願います。ただし福岡
大仏は、撮影禁止になっていますのでご注意ください。




仏像様の左にあるお部屋では、法要も出来ます。


ここの目玉になってたとは知らなかったけど、仏像様の下には、

地獄極楽巡り」と言うのがあって、行ってみました。


大仏の台座内には,「地獄極楽巡り」があり,中へ入ってみると,おどろおどろしい
地獄絵が並んだ先に真っ暗な通路があり,そこを進んで行くと…

大仏殿は2層になっていて、上の階には福岡大仏があり、台座内に「地獄・極楽めぐり」
の入口があります。「地獄・極楽めぐり」は料金無料で体験できます。「地獄・極楽めぐり」
には、"死の世界を体験して再度生き返り、穢れや悩みを落とす"との意味合いがある
そうです。
入口から足を踏み入れると、とっても精巧な地獄八景の絵が飾られています。そのまま
歩みを進めていくと大人でも恐怖を感じてしまう程の真っ暗闇に包まれます。この時唯一
頼りになるものは、仏様が道を示してくださるかのように設置された手すりです。
この手すりに沿って進んでいく途中に、「仏の輪」という輪が闇の中のどこかにあり、漆黒
の闇の中で「仏の輪」を見つけて触ると極楽に行けるといわれています。もし「仏の輪」を
見つけられなかったとしても、漆黒の闇の中を歩き続けて出口にたどり着いたら極楽の
絵が待っており、「地獄・極楽めぐり」は終了になります。
「地獄・極楽めぐり」はそれほど長い距離ではないのですが、出口の光が見えた時には
心底ホッとします。「地獄・極楽めぐり」ではとっても貴重な体験ができますので、ここを
訪れて体験する価値のある人気の観光スポットです。




最初、入り口には地獄絵が飾られてて、その先は手すりに沿って

じゃないととてもじゃないけど歩けない真っ暗な道を進んで行くん

だけど、仏の輪なんてあったの今知ったくらいで、真っ暗なので

途中不安になりながら必死にちょいと長い道のりを歩いて出口に

出ました



結構面白い体験でした


駐車場上のオレンジ色の塔は、仏像様が入ってる所でした~~。
http://hakatanomiryoku.com/spot/%E5%8D%97%E5%B2%B3%E5%B1%B1%E3%80%80%E6%9D%B1%E9%95%B7%E5%AF%BA





その後、登って来た階段を降りて、右に曲がって本堂を見学しま

した。
     同じ宗派なのでなんだか嬉しい



外に出まして、先程の本堂

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画像右側

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あの右の塔が仏像様          画像左建物端

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デッカイドウからすると、不思議な光景・・・

それは・・・お寺に常夏のやしの木が生えてること。 
  


東長寺の本堂には、弘法大師空海作といわれている仏像があります。それは、千手
観音菩薩像・不動明王像・弘法大師像の三体で、本堂内に安置
されています。
これら三体は、国の指定重要文化財になっていて、本堂もおすすめの観光スポットの
1つです。
東長寺の御本尊の十一面千手観音菩薩立像は本堂に祀られています。東長寺の千手
観音菩薩像は高さ87cmの小さな像ですが、平安時代の作といわれており明治時代に
国の重要文化財に指定されています。




画像左

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この五重塔が東長寺では有名みたいですね。

「五重塔」とは、五層の仏塔の形式の1つで、五層の屋根を持つものを指します。
五層にはそれぞれ意味があり、下から基礎を意味する「地」・塔身を意味する「水」・笠を
意味する「火」・請花を意味する「風」・宝珠を意味する「空」の五大思想を示しているそう
です。

東長寺の本堂左側にある朱色の美しい五重塔は、2011(平成23)年春に完成した総檜
造りで、高さは26mあります。
5層の塔の最上部の瓦のすぐ上にある九輪(くりん)とも呼ばれる相輪(そおりん)があり
ます。相輪の中の1つでお墓の原型である伏鉢(ふせばち)の部分には、空海が持ち
帰ったといわれている仏舎利と呼ばれるお釈迦様の骨が納められています。

五重塔の初層内部には、日本画家の鳥山玲(とりやまれい)さんの手によって大日如来
を取り巻く、天井や壁・扉・四天柱と至るところに花鳥が施された美しい内部になってい
ます。



大日如来は守護本尊マミ~なんですよねぇ~・・・その姑のババ

もなので合わない②・・・



あっしとZくんは・・・干支別なので・・・ナイショ





上の画像立ち位置より右側

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五重塔の画像左には

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なんとご立派な   戦国時代やその時期のお墓の形見ると

わくわくします
(デッカイドウには無いので・・・)


大河ドラマ好きぽんが観てた黒田官兵衛(くろだかんべえ)のお墓。

黒田官兵衛(くろだかんべえ)や官兵衛の子の初代藩主長政(ながまさ)が眠る寺院
は東長寺ではなく「崇福寺(そうふくじ)」ですが、長政の子の二代藩主忠之(ただゆき)・
三代光之(みつゆき)・八代治高(はるたか)の三藩主の墓所があります。
三藩主の墓所は本堂の左手に位置しており、墓所の入口には六角堂があります。
六角堂を過ぎると、花崗岩で建てられた大きな五輪塔の墓碑が、西側に二代忠之・中央
に三代光之・東側に八代治高と並んでいます。
忠之を葬る大きな五輪塔は、個人墓としては日本で2番目の大きさだといわれています。
三藩主の墓所は、建てられた当初のままの姿をとどめており、1995(平成7)年に市指定
の史跡
になっています。


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駐車場方面に戻る前に本殿全体図を写し

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階段あった入り口の方、画像右奥へ

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ここまで来るのに、あちゃこちゃに見受けられてたもち吉が画像

右側にもあり
(デッカイドウはここのところ割と進出してきてます。)

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なんと  福岡県が本社だったのですねぇ~

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お団子お一つ買って食べました。     建物左側で頂きました

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次回はこの後に向かった城跡のご紹介です




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  本日のデッカイドウ21℃で  夜は12℃


明日(木)はZくん、リフレッシュ休暇予定だったけど休めなくなり・・・


社員皆、外出予定になり事務所が空いちゃうからお留守番係で

出社・・・     残念ねぇ~・・・



今週末の土日は、最後の天皇陛下のダムカ~ド貰いに行きます。


今宵は洗濯大会・・・へとへとになるなぁ~・・・





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