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では予告通り前記事の続きでGW10連休5/2(木)福岡旅行記

城跡のご紹介
です




今回は広い公園につき、お散歩した景色をいっぱい撮影したの

で、画像が多くなってます。




舞鶴公園(まいづる)にある別名 舞鶴城跡へ行きます

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真正面、博多駅 (14:50)   






舞鶴公園に着き (車内より=15:07)

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駐車場は、画像の奥左側へ (15:30)

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福岡城三の丸(三の丸スクエア)旧舞鶴中学校=2012年に移転して新しく
なった)https://y-ta.net/sannomaru-square/


画像左側

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画像右側へ歩いて行きまして、最初に出てきたのは (15:35)

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名島門(なじまもん)

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この名島門は近隣にあった名島城の脇門でした。
「関ケ原の戦い」ののちに黒田長政が筑前に入ると名島城を廃城として、あらたに福岡
城を築きましたが、名島城の建物や石垣を資材として流用しています。
その際に名島門は黒田二十四騎のひとりである林掃部に与えられ、邸宅の門として
使用されていたそうです。
明治時代以降、民間に払い下げされていましたが、戦後に現在の場所に移築されました。




現在地の看板で

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現在地から左上に向かいます。          ここは

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福岡城跡です。

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福岡は城跡ばかりが多く存在します・・・


道を渡って、二の丸の方へ行きます (15:38)

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画像右に、人がたむろってるところ

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では画像左の道を登って行きます

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画像左側に看板 (このブログは画像クリックしたら大きく見えますよ~)

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画像右側の石垣 (なかなか登って行けませんwww)

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石垣に歴史を感じて興奮し・・・画像左奥

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では目の前を歩いて行きます (15:41)

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画像真ん中奥、赤い服着てる付近に案内板

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石垣に沿って左側を歩いて行きます

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奥、開けて

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画像左側

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確か画像左

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開けたところ右へ曲がります

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左の石垣を撮り

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右にあった建物前に看板

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この道奥、また開けて

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画像右側

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裏御門跡方面


開けた画像真ん中奥へ行きます

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門をくぐって右側に (15:46)

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画像左側

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ここは

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多聞櫓

福岡城の遺構は築城当時の位置に現存する多聞櫓だけです。
別名「武具櫓」とも「西平櫓」とも呼ばれる、この多聞櫓は1971年(昭和46年)12月28日
に国の重要文化財に指定されています。
この多聞櫓は石垣に沿って、多くの石落としを備えた防衛用の平櫓で、平時においては
武器庫として使用されていました。
また、有事の際には編んでいる竹がすべて弓の矢になり、それらを結んでいる干しワラ
ビは食料になるといった工夫もされていたそうです。
多聞櫓がある南丸(みなみまる)は二の丸南郭(にのまるみなみくるわ)とも呼ばれて
いる場所で、二の丸の南側に張り出す形になっています。
冠木門をくぐると南丸で、右手に多聞櫓が見えます。
この多聞櫓は切妻造の2重2階の隅櫓と、長さ三十間(54m)におよぶ平櫓で、1853年
(嘉永6年)から翌1854年(嘉永7年)にかけて大改修されました。
城内から見て、多聞櫓の右手にあるのが北隅櫓(南二の丸北隅櫓)です。
なお、この北隅櫓は、1972年(昭和47年)10月から1975年(昭和50年)年3月まで、2年半
の歳月をかけて解体と復元が行われた際に復元されたものです。
多聞櫓の内部は通常、突き抜けの状態とされていますが、福岡城の多聞櫓は16の
小部屋にわかれています。
また内部は見学できませんが、特別公開時には中に入れるそうです。
福岡城唯一の遺構です



中、見学出来ないしで、ちゃんと近寄っては撮影しなかった・・・


先程の門を出て


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確か、右側へ向かいました

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かなり右側からぐるっと、左回りをし

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もぉ~わかんなくなってきてるおぉ~~~  


裏のテニスコ~ト側迄来ちゃって


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画像右がテニスコート

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変なところ歩いちゃって、裏側から見た、画像左上

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開けて、ほんと左回りをしてます

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画像真ん中の看板

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ここは二の丸だったところみたい・・・

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あれ、さっき写したこれから行く方面 (訂正しました)

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元に戻って行き

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階段上って

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確か、右側の階段上って開け

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左へ歩いて行きます

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あの上、登っていくおぉ~~

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階段部分 (16時)

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表御門櫓跡

二の丸の北側から本丸に入るための表御門があった場所です。
表御門は本瓦葺で切妻造の櫓門でした。現在は櫓台となった石垣のみが残っています。
ここにあった表御門は1918年(大正7年)に陸軍により払い下げられ、市内にある崇福寺
の境内に移築されているので、現在も見ることができます。



階段登りきると、開ける

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画像左に寄ると

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先程、下から観た物          画像右側

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あの櫓の傍に行きます

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祈念櫓

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本丸表御門跡の石段をのぼると、前方に祈念櫓が見えます。
本丸の東北隅にあるこの祈念櫓の名前は、鬼門封じの祈念をするために建立された
ことにちなんでいます。
1860年(万延元年)3月に起工し、同年10月に竣工したものですが、大正7年(1918)に
黒田家の菩提寺である崇福寺が陸軍省から払い下げをうけ、いったんは崇福寺の
末寺である大正寺(北九州市八幡東区東台良)の境内に移築されました。櫓の構造は
この際に大幅に改修されたそうです。
その後は大正寺の観音堂として使用されていましたが、1983年(昭和58年)に元の
位置に再移築され、翌年9月竣工しました。
建物は2階建てになっていて、棟を北西から東北に通し、鯱が上げられ、丸瓦には黒田
家の藤巴が刻まれています。1階には5畳半の茶室を付加しています。




ここからの右側の景色

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左側

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現代の高層と櫓のコラボ


画像右側へ歩いて行き

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皆さんが一番目的とする場所へ向かいます

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ぐんぐん歩いて行くと

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出てきます。  鉄御門跡と埋門跡 

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以前は階段すら無かった様で、整備されました。

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画像右側

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階段下にあった看板

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天守台跡へ行きます (16:05)

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鉄御門跡の石段をのぼり、さらに見学用に設置された階段をのぼり、埋門をこえる
橋を渡ると、天守台跡にたどり着きます。
天守台跡です。東西約25m、南北約22mの敷地内に約40個におよぶ天守の礎石が
残っています。
福岡城の天守はその存在が疑問視されてきましたが、近年になって見つかった史料に
よれば、この上に5重6階、高さおよそ23mほどの熊本城級の天守があったと推定されています。
階段で天守台石垣の上にあがることができます。



左に折れて

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画像左側

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画像左に向かいます

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あの階段手前右側

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階段上って展望台、右側

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目の前

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左側

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階段登って来た後ろ (画像左側)

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画像左側の石垣

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ここの看板

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ではお次の場所へ行きます (16:20)

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次回は敷地内にある外交施設跡のご紹介です




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  いや~~画像多過ぎて、一旦帰宅して作成したわ・・・


本日のデッカイドウは22℃だった。  なんだか暑かったなぁ~とは

思ったけど。


明日も21℃で



Zくんは昨夜から風邪引いちゃった・・・

移らない様に隔離状態です・・・


あっし、薬物異常に効きすぎて副作用出るので、風邪でさえ困るの・・・


あと明日で仕事終わりだ~~~~


早くお休みしたい・・・





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