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では予告通り前記事の続きで旅行のメイン場所のご紹介です





着いた場所の、城下町と言ってしまうとばれてしまう・・・

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ぐんぐん、前に進んで

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画像正面のお山の上に見えるところへ行きます。


城内に入る入り口に (13:16)

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画像右側へ進み、駐車場へ

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画像左方面に見えます

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ここは駐車場で、画像右側へ歩いて行きます

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あの通路に出、左へ行きます

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画像左側、全部桜

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桜咲くGW前半時期に、バス旅で着たけど、全く咲いてなかった

時でガッカリしたのを思い出します・・・




歩いて進んで行くと、左側に

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画像右にある看板

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ここはデッカイドウ唯一の城松前城 (通称=福山城)

松前家の初代藩主・松前慶広がこの地に築城したのは、1606(慶長11)年のことです。
その後の火災や修築などを経て、十七世藩主・松前崇広は1849(嘉永2)年7月10日、
外国船の出没に備え津軽海峡の警備強化を図るため、幕府から築城を命ぜられ、城主
大名になりました。
 設計は当時の三大兵学者の一人である高崎藩の市川一学に一任しました。
一学は海防上から福山は無理であり、箱館後方の桔梗野にある庄司山付近に築城する
よう上申しますが、藩士たちは移転を好まず福山館を拡大して築城することになりました。
 5年の歳月をかけ、1854(安政元)年9月に完成した松前福山城は、日本最後の日本式
城郭
になりました。




看板裏の入り口

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完成した新城は面積約7万7800平方メートルで、本丸、二の丸、三の丸、楼櫓6、
城門16、砲台7座を備えていました。
 1941(昭和16)年に国宝に指定され、戊辰の役や開拓使の取り壊し、太平洋戦争にも
かろうじて残った松前福山城天守閣でしたが、1949(昭和24)年6月5日未明に松前町
役場から出火した飛び火により焼失してしまいます。
 現在の天守閣は町民の切なる願いと、全国からの善意により1961(昭和36)年に再建
されたものです。




画像左側

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画像見えてる入り口は出口で、出口右側が受付で入り口。


受付から見える奥のお城


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画像左が出口なので、画像右側へ

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城内入口を左に曲がると

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撮影時、皆さん待っててくださってるのでさっさと撮影し、階段降り

てその先


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城内に到着目の前

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画像右側から回って行きます。     画像右後ろの壁にはお城

の詳細
(クリックするとズ~ムになるけど、ボケた・・・)

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画像左側 (正式名は福山城)

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城主 (お城のと言うと日本最後)

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ぐるっと回って、先程の階段左側部分

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この立ち位置、画像左側 (階段下)

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階段上って2階目の前

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画像左寄り

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画像左に折れて

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画像左側

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画像左側 (干支屏風)

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画像左が出口で (この立ち位置撮影)

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奥、掛け軸を

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画像左に見えてるガラスケ~ス

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綺麗だったので(化粧道具)

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気になった絵

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箱館戦争

箱館戦争は、戊辰戦争の局面のひとつで、新政府軍と旧幕府軍との最後の戦闘で
ある。旧幕府軍の蝦夷地での根拠地から五稜郭の戦いとも呼ばれる。この戦いの最中
に干支が戊辰から己巳に替わったことから、己巳の役と呼ばれることもある。


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先程の干支屏風

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右側から、ねうしとらう・・・・

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かっこよかった。          出口に出ず、上に上がります

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階段上、目の前

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「夷酋列像」(いしゅうれつぞう)

極彩色の衣装に身を包み立ち並ぶ、12人のアイヌの首長たち。松前藩家老をつとめ
た画人、蠣崎波響(かきざきはきょう)が寛政2年(1790)に描いた「夷酋列像」(いしゅう
れつぞう)は、時の天皇や、諸藩の大名たちの称賛を受け、多くの模写を生みました。
蠣崎波響筆のフランス ブザンソン美術考古博物館所蔵本




登りきって真後ろ

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画像右側

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階段左側

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こちらに夷酋列像

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更に上へ上がります

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天守閣ですが、網で外は見えませんでした・・・


登りきって


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お城が出来た~~  追い出された~~  飛び火で全焼   

再建のお写真でお写真あるだけ最新!     画像右側


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画像右側~~

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更に右側~~で一周

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次回は出口出てからのご紹介です




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本日のデッカイドウ、最後感満載の夏日になり、でも最低気温は

18℃以下・・・  夜は窓、寒くて開けられません・・・



(日)は非常に寝つき悪かったので、昨夜は早寝したけど、やっぱ

り寝つき悪くてちょっと辛かった・・・


でも、二度寝やらが少々出来てまだ時間があっただけ良かった。



今週末は月末日なので大残業週。   体調整えて行かないと・・・





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